金剛寺(こんごうじ)

大阪
豊楽の道
大阪14
金剛寺-楼門
楼門

天平年間(七二九~七四九)に聖武天皇の勅願で行基が開創し、のちに弘法大師の密教練行の霊地となった。
その後四百年、寺は衰え荒廃したが、平安時代末に高野山の僧阿観(あかん)上人が伽藍を復興した。特に後白川法皇と妹の八条院璋子の帰依が厚かった。璋子は高野山から拝領した真如(しんにょ)(高岳(たかおか))親皇筆の弘法大師御影を寺に奉安し、女性が弘法大師にお参りできる霊場とした。以後、寺は「女人(にょにん)高野」と呼ばれるようになった。
南北朝時代になると、南朝方の後醍醐天皇の勅願寺となり、皇子の後村上天皇が正平九年(一三五四)から行宮(あんぐう)(仮の宮)とした。

金剛寺-大修理を終えた金堂
大修理を終えた金堂

概要

名前

金剛寺(こんごうじ)

宗 派

真言宗御室派(おむろは)

本 尊

大日如来(だいにちにょらい)

所在地

河内長野市天野町996

電 話

0721-52-2046

URL

https://amanosan-kongoji.jp/

巡拝

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アクセス

金剛寺 河内長野市天野町996